・チャットネタ
・佳主馬が女体化しています。苦手な方はご注意。
・仄かに健夏要素あり。
※これは健二さんが年下の親戚佳主馬(13歳・女性)を健全な道に戻そうと抗いつつ、結局流されるお話です。
押し倒されて戦闘区域(にょかずけんのはじまり)
突然、視界がぐるりと入れ替わった。
視界を占める木目の天井に健二は呆然とした。事態を把握できない。
時は八月。場所は納戸。天気は快晴。所謂マウントポジション、の被害者側。
え。何これこの状況。夢か。ボコられるのか。夢なら目を覚ませ俺。
どうしてこうなったんだろう。
(あれ、何でこんな事になったんだっけ?)
あらわし墜落の余波を受け半壊した屋敷の整理と諸々の事後処理及び陣内家の方々の強い希望を受けて、健二の上田滞在が延長の向きを見せてから二週間目に突入した今日。いつものように納戸の佳主馬の元を訪れ、いつも通りにたわいもない雑談を交わした。
(そう、その時に佳主馬くんが不機嫌で)
混乱する健二を現実に引き戻したのは、元凶の冷静な声音だった。
「何現実逃避してるの健二さん」
「……現実?」
繰り返す健二はまだ混乱していた。
「紛うことなく」
年下の中学生女子が腹の上に乗り上げてるのが現実なのか。
ちょっと待て。
(ない。これはない。ていうか第一なんで佳主馬くんが、)
佳主馬がべろりと健二のシャツをめくる。「白い」なんて呟いて舌なめずりしてる。え、何コレ。
「えええええいやいやちょっと待って」
「待たない」
「なんで!」
「なんで…って」
佳主馬は手を止めると、不機嫌そうに言った。
「健二さん、いい加減察してよ」
「押し倒してるんだけど」
「お――」
健二は口をぱくぱくと動かしたが声は出なかった。言葉が頭の中でぐるぐると渦を巻いて形にならない。いつの間に。ていうかマジで何がどうしてどんなことに。
健二の人生でも類を見ない慌てぶりである。あらわし墜落に匹敵する。
息も絶え絶えに一言絞り出した。
「ど、どうして」
「どうして? 健二さん、夏希ねぇとは何にもないんでしょ。だったら遠慮なんかしない」
「なんでそこで夏希先輩が……」
言い差してはたと気付いた。
(そうだ、さっきそんな話をしてたんだ)
普段作業を中断してでもきちんと健二の目を見て話す佳主馬が、愛機に向かい合ったままこちらを見ようとしないし雰囲気も刺々しいものだから、腰が引けつつ「どうかしたの」と尋ねた自分に対して、佳主馬は「夏希ねぇの所に行かなくていいの」と不機嫌そうに、何処か傷ついたように言い放った。傷心の理由が分からずわたわたと慌てながらも、健二はちょいちょいと手招きすると佳主馬の耳元に顔を寄せ、
「……オフレコだけど。ここだけの話さ、僕達何だかんだで正式なフィアンセってことになってるし、けけ結婚、して、ふ、夫婦? になったら幸せだろうなと思う」
「……そう」
苦しげに顔を歪める佳主馬の視線を感じながら、開け放たれた納戸の扉の外を向いて座り直す。
(こんな突飛なことを言って、夏希先輩の家族である佳主馬くんに受け入れて貰えるかどうか)
なんとなく顔を見れないまま、曇りのない青空を見つめながら、健二は出来る限り誠実に言葉を選んだ。
「でも、それは家族の絆みたいなものなんだ。夏希先輩とも確認した。……落ち着いてみたら、恋愛感情だと思えないんだ。お互い」
勿論それで夏希との結婚に否やも不満もあるはずもない。ただ、夏希とは結局恋愛を通り越して、家族関係に行き着いてしまった印象だ。夏希の方もそうだと言う。それでも、本当の家族になれるなら結婚も悪くない気がした。
栄との約束もある。
それに、夏希が特別な女性であることに変わりはないのだ。
一番辛い時に力になってくれた。寂れていく家庭環境に心が死にそうになっていた時そうと知らず支えてくれた。夏希は健二の光になってくれた。
だから、先輩が困っている時は力になりたいし、先輩のためになるならどんなことでもすすんでやりたいし、笑っていてほしいと強く願っている。一方通行でなくなったのが嬉しいと躍り上がるくらいには、健二は夏希先輩が大好きなのだ。
運命の女性、というものがあるとしたら、健二にとってのファムファタルは上田に連れてきてくれた夏希に他ならない。まぁ、もはや恋愛の憧れを通り越して、地に足の着いた尊敬を捧げる女神なのだが。
ということをどうやって伝えたらよいものか、とぐるぐると考え込む国語が得意でない健二に、俯いた佳主馬は「ふぅん…そうなんだ」と呟いた。
呟きを聞きつけて渦巻く思考から脱出し、取り敢えず相手の言葉を優先しようと、いつの間にか外へと向けていた身体を反転させようとして、そのまま勢いを利用され腕を強く引かれ。
(それで現状に至る、と)
オーケー。経緯は把握した。
理解できないのは佳主馬の心情である。
夏希の話が、どう巡り巡って押し倒すという行動に走らせたのか。
「か、佳主馬くん」「健二さん」
呼び掛けた声が重なって、思わず言葉を呑み込む健二。
佳主馬は言った。
「ずっと、あなたが好きだった」
(――え)
「健二さんは夏希姉を想ってるのが見え見えだったし、夏希姉も満更じゃなさそうだったから、チャンスはないと思ってた。でも恋愛感情じゃないなら、僕は奪いに行くよ」
「奪うって」
この場合奪われるのは、どう考えても健二自身だ。
佳主馬は身体を密着させて顔を寄せると、熱く囁いた。
「まだ負けてない。そうでしょ? お兄さん」
(……あ)
健二は気付いて、その瞬間佳主馬の想いの熱さに呼吸を忘れた。
佳主馬は不機嫌なのではなかった。熱く濡れた吐息を押し殺して、爆発的な歓喜を秘めた恋情とともに、冷静な表情の仮面の裏にひた隠しにしていただけ。
知らなかった。
(好きって)
呆然と見上げる健二の脳裏に、不意に栄の言葉が蘇る。
『夏希を幸せにしてくれるかい?』
我に返る前に、責任感と自意識の欠片が半開きの口から零れた。
「で、でもぼくには夏希先輩との約束が」
「関係ないよ」
「そんなのって」
「ねぇ、健二さん――」
区切って、佳主馬は自信たっぷり余裕綽々に宣告した。
「――このシチュエーションで健二さんに勝ち目があると思う?」
無理です勝てませんキング。
ううっと詰まる健二の背中を、だらだらと冷や汗が伝う。
漸く正確に状況を理解した健二は、同時に佳主馬がOMC現役チャンピオンと言えどもまだ13歳だということを思い出して叫んだ。
「待って!」
「何」
取り敢えず聴く姿勢を持ってもらえたので、息を整えて説得を試みた。
「考え直した方がいい。君はまだ13歳で世界チャンプ、僕はしがない一高校生だ。何の取り柄もない。君みたいな素敵な女性にもっと釣り合う男性が今後必ず現れる。だからっ」
「だから、何だって?」
冷ややかな声。
健二はごくりと唾を飲み込んだ。怒っている。
「何の取り柄もないだって? 2056桁の暗号を解いて世界とこの家を救ったのは誰」
それは、一応自分だ。
「年齢は五年もすれば気にならなくなる」
五年は長い。その間により相応しい相手が現れないとも限らない。だがそれはあくまで確率の話だ。
「これ以上、健二さんに惚れる女や男が現れる前に」
(ぼくに惚れるひとなんていない! え、ていうか男って、え?)
内心の叫びは届かない。
はくはくと陸に打ち上げた金魚の有様な健二に顔を寄せると、佳主馬は凄絶に微笑む。
超至近距離で。
「恋は戦争。この大勝負、負ける気ないから」
どうして13歳の若さで、これほど艶めかしい顔が出来るのか――くらくらしながら、女戦士の勝ち気な微笑に、戦闘開始の宣告を見た。
こうして小磯健二(17歳・男性)と池沢佳主馬(13歳・女性)の戦争は始まった。戦利品は、健二の人生。
ギャグです。目指せラブコメ。