※03話で健二さんの家に遊びに行く前、池沢家ではこのような会話がありました。




 聖美には二人の娘がいる。下の娘は産まれて一年強とまだまだ手の掛かる時期なので、マガジンラックには育児雑誌がぎっしり挟まっているし、家中あちこちにベビーグッズが転がっている。
 あら、と通りがかった光景に足を止めた。母親の好奇の視線を気にも留めず、居間のソファで珍しく婦人誌などを広げた長女は言い放った。
「…子ども。母さんは希望ある?」
「……んん?」
 私の子どもはあなただった筈だけど、ひょっとしてもう一人弟か妹を希望されているのかしら?




本陣目掛けて行進




「母さん。どんな孫が見たい?」
 それが、「母さんも早く孫の顔が見たいよね? そうだよね?」「そうねぇ…」という会話に続いて投げかけられた問いだった。
 体育座りの膝上に出産特集が組まれた婦人誌を広げた佳主馬は蕩々と語る。
「僕はね、男の子が欲しいんだ。柔らかな髪で肌が白くてふやけたみたいに笑う、小柄な子だよ。笑顔が可愛いんだ。喧嘩は強くなくてもいいよ、優しい子に育ってくれればね。頭が良ければ尚いいな。そう、数学が得意だといいよね。男女平等の概念も社会にほぼ浸透してきたけど、やっぱり男の子は理系が強いと何かと得だよ。でも第一はやっぱり性格。優しさを心の強さに変えられる子に育てるよ。あ、あともう一人女の子が欲しい」
「……要するに?」
「ちっちゃい頃の健二さんが見たい」
 しばしばの沈黙の後、母はしみじみと溢した。
「あなた、欲望に素直なコねぇ」
「明確な将来像を描くことが目標達成への第一歩。勝利にはどん欲なんだ」
 雑誌を排しながら言い切った横顔はパソコンに向かって挑戦者達を叩きのめす表情そのままだ。母は面白そうに尋ねる。
「というと、今後の戦略は?」
「本音を言うとさっさと既成事実が欲しい。でも自分を大切にするって健二さんと約束したから、身体は使わずにまずは健全に距離を詰める。傍に寄って部屋に行って頻繁に連絡して、いつも心の隅に僕がいるようにする。傍にいることが当然になったら健二さんを頂く。勿論健二さんの隣に立つのに相応しくなりたいから、キングの座は保持するし、プログラミングももっと勉強して、開発も手広くやるよ。健二さんと子どもを養えるくらいにね。安心してお婿に来て欲しいから」
「女も磨かないと駄目よ? 地位と収入だけじゃ夏希ちゃんには勝てないわよ」
「当然」
 聖美は涼しい顔をする娘を虚を突かれたようにまじまじと見た後、ふっと目元を緩めて、しょうがないわねぇ、という風に言った。
「……あなた、恋に一途なコねぇ」
 戦利品くらい明確に思い描かなくちゃ、と膝頭に頬を倒した娘は、王者の覇気すら漂わせながら歌うようにさえずった。




(おまけ)

「でも健二さんに初めてを貰ってもらうんだったら、これ以上無いほど大切にしてると思わない?」
「まぁ健二くんも晩生っぽさそうだから少し待ってあげなさい」


 饒舌な佳主馬。健二さんがボケている間にも、着々と敵陣地を攻略中です。