・チャットネタ
・「押し倒されて戦闘区域」の続き。
・ちょっとずつ佳健要素が増えます。




夏の思春期攻防戦





 先日強制的に戦闘態勢につくことにされた小磯です。敵は武器を支給して戦闘配備を指示した張本人の司令官。銃をぶっ放せとけしかけるので(「どこに!?」「それは勿論健二さんのマグナムを僕の体内にry」)塹壕に潜って頭上を飛び交う殺傷兵器を必死にやり過ごそうとしています。恐ろしいことに本番はこれからです。始まる前から敗色濃厚。いや、僕は負けない。僕なら出来る、まだ負けてない! 諦めるな小磯健二!

■■■

「時間の問題だけどね」
「いやいやいや佳主馬さんいつからそこに。というか人の脳内読まないで下さい」
「ここ納戸だよ? 来たのは健二さんの方でしょ」
 告白されて数日。健二は危機感もなく納戸を訪れていた。衝撃の告白事件以前と変わらず暇があれば居座っているのは、ファーストキスも何も奪われていない現状が原因である。
「居るのが自然になるタイミングを見計らった甲斐があったな」
「え、なんか言った?」
「ううん何も」
 佳主馬の策略だった。
 恋愛に超の付く奥手、経験値ゼロ、草食系な健二は策に嵌っていることに気付いていない。じっとりとまとわりつく熱気に襟元をぱたぱたとはためかせる。さらっと続けた。
「暑いね」
「そう?」
「うん。今日は最高気温に並ぶ暑さだってテレビで言っていたよ」
「ふぅん。……健二さん、それ、原因違うんじゃないの?」
 え、と首を傾げる。PCに背を向けて向き直った佳主馬の目が妖しく光った。
(墓穴を掘った)
 と、無意識に悟った腰が引ける。
 四つん這いになった佳主馬は、人差し指を伸ばすと、健二の頬を触れるか触れないかという所でつつつーっと撫でる。ぞわっと皮膚が泡立った。
「……こういうことじゃない?」
 笑顔。
 声にならない悲鳴を挙げ、飛び退った。引き戸を後ろ手にガタガタと勢いよく開く。
「――麦茶! やっぱり麦茶貰ってくるから!」
 だが二歩ほど進んだ所でぴたりと静止。振り返って、納戸の外から引き戸を盾にして、おそるおそる覗き込んだ。
「あの、佳主馬くんの分もいるよね?」
「――ん。お願い」
 ふっ、と。余裕たっぷりの微笑を浮かべ、王者はひらひらと手を振って送り出した。
 すすすーっと引き戸を開けて納戸からの脱出を果たした健二は、陣内家の長い廊下を歩きながら溜息を吐いた。
 向かって右から差す光は透き通った夏の色、視界を右に転じれば爆風にも負けずに茂る明るい緑、暑いが丁度良い日陰になって気持ち涼しい板張りの廊下。
 風光明媚、外はこんなに平和なのに。なんだってこんなことに。
 数歩進んで立ち止まった。
 両手で顔を覆う。
「なんであんな格好いいの……」
(男前だ。超漢前)
 勝てる気がしない。
「いやいやいやいや」
 負けるな俺。踏ん張れ俺。ここが正念場だぞ!
(そうだ、これは戦争なんだ!)
 掌をぎゅっと握りしめる。
 ただ、健二はいまだ宣戦布告されておきながら、相手に手加減されているという不甲斐ない状況だ。
 これまで健二が普通にしていられたのは、なんだかんだと言いながら、佳主馬が触れる以上の行為を求めてこなかったからだ。健二が拒絶の意を見せれば、すっと身を退いてくれる。
 思い返せば、勢い余って押し倒すということは何度かあったものの、それ以外は極めて紳士的というか、告白以前と変わらない対応だった訳で。それですっかり安心して健二は佳主馬の傍にいる。
(――違うよな、それは)
 力のない白い指を見つめる。安心して、擦り寄って。それで以前と同じ関係に戻れるわけがない。
 宣戦布告を受けたからには、戦わなければ、というもの。
 年上のプライドにかけても、これ以上好きにさせるわけにはいかない。
(それに、す、す、好きな相手だからって、あんなアプローチをするのはまずいよ。相手が僕じゃなかったらどうなっていたか)
 佳主馬君にも危機感を持って貰いたいなぁ、というのが目下切実な願いである。
 あの、何かあるとコケティッシュな方向に走る思考を何とかしなければ、健二は安心してオチオチ寝られもしない。
(ちゃんと女の子だと自覚して貰わないと)
 絶対勝ってやる。
 何かずれた方向に決意を固める健二には、もう一つ懸案があった。それが、
「おーい健二くん、佳主馬に告白されたんだって!?」
「…克彦さん……」
 ――これだ。長い廊下の玄関側から連れ立って歩いてくる、克彦、頼彦、邦彦を立ち止まって迎える。
 今朝起きたら、先日の一件が見事に屋敷中に知れ渡っていた。朝っぱらから万作に絡まれ、女性陣に焚き付けられ、逃げ込む先が佳主馬の以上である納戸しかなかったというのは何の皮肉だろうか。
 挙げ句の果てには仕事で本家にいなかった筈の地元組にも筒抜けらしい。
 何故か。
(どうして知ってらっしゃるんですか皆さん……)
 ラブマシーンの一件以来OZから極力離れている健二は存在を失念しているが、OZ内にある陣内家コミュニティを介して恋愛戦争勃発の報は親戚中に流れたのだった。
 応援してるぞ、と声を掛けられ引き攣った不格好な笑みを返すしかない。
「佳主馬ならばあちゃんも許してくれるさ」
「なんたって、ばあちゃんだからな」
「健二くんはうちの立派な婿さんだ」
 やー、これで陣内家も安泰安泰、わっはっはとどっと盛り上がる三人に気付いてか、通りすがりに何人もの親戚が健二の肩を叩いて応援メッセージを贈る。
「佳主馬が相手じゃ大変だろうけど、頑張れよ」
「よっ、色男」
「春だねぇ」
「夏希をふるなんて許さねぇぞっ」
「うざいぞー翔太」
「いいじゃないか、どっちを取ってもうちの婿さんになるんだから」
「違いないわ」
 あっはっはっは。
 呆然とする健二の肩に、ぽんと手を置いて理一は爽やかに言う。
「これで縁続きは決定だね。どう? 本気で自衛隊目指してみようか」
「〜〜理一さん!」
 はは、軽やかに去っていく怪しい自衛官を最後に、闖入者は居なくなった。
 ぽかんと立ち尽くす健二の背中を、たった今現れたばかりの、何も知らない親戚が叩く。
 ただし、遠慮のない力で。つんのめった健二は危ういところで立て直して振り返った。
「わっ! 夏希先輩?」
 爽やかな笑顔の夏希が立っていた。

 ■■■

「座らない?」と誘われ並んで縁側に腰掛ける。二人の傍らにはグラスに満たされたラムネ。侘助が好きだというので女性達の誰かが買い物の時に買ってきたものだった。
 どこか懐かしい味を舐める健二の隣で、空のグラスを持って夏希はしみじみとした調子で言った。
「そっかー…佳主馬もとうとう告白したかぁ」
 眩しい日の光が差している。グラスが透明な青に乱反射した。
「ねぇ健二くん、佳主馬のこと好き?」
 恋愛の意味で、だ。もともと嘘は苦手な健二だが、夏希には絶対吐けないだろう。
「あ、わ、わからない、です」
「うーん、まだわかんないか」
 眉尻を下げて苦笑いする先輩に、逆に問い返した。
「あの、夏希先輩はどう思っているんですか? 噂を」
 「ん?」と首を傾げた夏希はあっさりと、
「いいんじゃない?」
「いいんですか」
(僕がフィアンセじゃなくてもいいんだ)
「栄おばあちゃんとの約束は……」
 ショックを受けて繰り返すと、夏希はグラスを脇に置いて、俯く健二の顔を上目遣いに覗き込んだ。
「ね、健二くん。前言ったよね。私たちは家族よって」
 目を見開く。
「……はい」
「でも、家族みたいって言っても、家族じゃないし……健二くんが悪いとかおかしいって言ってるんじゃないのよ。わかる?」
「わかります」
 健二は頷いた。
 夏希が家族だと言ってくれたのは、心の問題だ。世間の見方や法律の上では健二は赤の他人でしかないし、健二も小磯の家を捨てる気はない。
(でも、それが家族だから)
 夫婦仲が悪くても、両親が大切な家族だ。
 だから寂しかった。
 夏希が婚約者を降りることをなんとも思っていないことが。
「僕たちは、法律上では家族じゃない」
(ていうか家族と思ってもらっていいのかな)
 夏希に強く言い含められても健二にはいまいち納得出来ない。ここまで言っていてくれてるのだから、とへにゃりとふやけて受け止めることにしているという裏事情。健二は夏希や佳主馬、ひいては陣内家全体にとっての己の重要性を2%しか理解していなかった。
 閑話休題。
 考えに沈む健二に、夏の名を冠す偉大な先輩はあっさり言い放った。
「でも、佳主馬と結婚すればうちの家族よね」
「……へ」
「どう?正真正銘陣内家(うち)の一員になるの」
(どうって)
 夏の光に美しいアーモンド型の双眸を煌めかせる夏希を、呆けて見つめる。悪戯っぽい様子の中で眼だけが真剣だった。
「それは…僕は……」
 膝に揃えた拳をぎゅっと握る。
「そんなこと出来ません。佳主馬くんを利用するようなこと」
(――あ)
 言いながら気付いてしまった。夏希に尋ねたのは、そういう無理のあることだったと。
 夏希は目を細めると、後ろに手をついて脚を蹴りあげた。
「あーあ、佳主馬ったら愛されてるなぁー」
「えっ」
 占める質量を減らそうとでもいう風にコンパクトに手足を畳む少年が薄く頬を染め、少女はのびのびと健やかな手足を夏の光に翳した。
「健二くん」
 体勢を戻して見つめる夏希の視線を受け止める。
「佳主馬をよろしくね?いいこだから。真剣に見てあげてね」
「――はい」
 頷く。
 健二が憧れたままの、夏の光そのもののような女神がそこにいると痛感した。
(――僕はこのひとを利用しようとしていたのかもしれない)
 家族の一員になるために婚姻を結ぶということ。「約束はいいのか」と尋ねた健二は、間違いなく夏希を好きだったけど、得た温かい場所を失わないために、彼女の隣に立つことを求めていたのかもしれない。それは違うと、今になって感じた。
 そんな痛打を、さっきとは一転、うきうきと弾む声が切り裂く。
「それに健二くんが結婚してくれたら今度こそ弟だしね」
「は?」
 とんでもない方向から飛んできたボールを受け止め損ねる健二に、夏希はそれはもう嬉しそうに第二撃を寄越した。
「嫌な顔しないでパソコンのことを教えてくれる健二くんのこと、ずーっと弟みたいに思ってたの。佳主馬は妹分でしょ? 二人が結婚してくれたら私は血筋の上でも姉貴分。弟分と妹分、総取りよ!」
「はぁ…」
 と口を開けて頷く健二に見せたのは、「募集人員一名なの!」と言い放った時と同じ笑顔だった。
 若干退く健二に、すかさず誤魔化しにしては大きすぎる魔球が飛ぶ。
「あ、勿論今は対等に思ってるからね。親友、かな」
「ええっ。そんな、とんでもないっ」
「なによーひょっとして男女の友情は成立しないとか思ってる?ふるいぞぉ」
「決してそんなことは。あ、しっ親友には佐久間がっ」
 いたいけな青少年は完全に誤魔化されていた。夏希の方も、言い出したきっかけは兎も角として内容は本気である。
「じゃあ仲のいい友達。いいでしょ?」
 ずいっと顔を寄せられ、手で押し留めながら動揺する健二の胸の中心を、ぴっと指差す。
 もはや確認だった。
「……はい」
 総取りを狙う姉御、強し。晴れやかな笑顔でグラスを手に立ち上がった。
「じゃあ、行こうかな」
 健二は座ったまま相手を見上げて、「夏希先輩」と呼び掛ける。
「あの、ありがとうございました」
「家族だから。何かあったら相談してね」
 グラスをとんと床へ置くと、言いながら軽やかに健二の肩に両手を載せた。柔らかな桃色の爪が乗った綺麗な指が、肩にそっとかかる。
(わぁ)
 みるみる真っ赤になる健二にちょっと笑って、今度こそ夏希は離れた。魅力的なウインクを残し颯爽と去っていく後ろ姿を、林檎もかくやな火照り様で見送る。
 やっぱり夏希先輩は美人だ。吉祥天だ。女神だ。
(指、結構力が強かったな。握力あるんだろうな、剣道部だし。…それにしても、白い指だった。繊手ってああいうのを言うんだなぁ)
 指先の感触を思い返しふける健二。
 と、
 ――そんな背中にかかる黒い影。
 どろどろと地底を行進するような低い声が真後ろから聞こえた。
「遅いから何をしてるのかと思えば……」
 佳主馬だ。
 慌てて飛び退きながら振り返って、阿修羅の如く黒炎を背負った少女を目撃する。健二は己の不利を悟って青ざめた。やばい。
「か、佳主馬くん。あの、これは…」
 じりじりと尻餅をついたまま後退する健二の手を、佳主馬はものも言わずはっしと掴んだ。
「ぉわあぁぁっ」
 そのまま物凄い力で身体ごと引きずりあげられた。強制的に立たされ、息つく暇も与えられずーー手首を引かれた。
 必然的に前屈みに走らされ、たちまち息が弾む。健二を連行する佳主馬の足取りはこれまでになく乱暴だ。
 「え、ちょ、うわっ」とあちこちに身体をぶつける情けない悲鳴も無視して無言で怒りを噴き上げていた佳主馬は、納戸に健二を引き摺りこむや否や、胸ぐらを掴んで壁に押し付けた。
 がんっ! と背中で星が散る。ごふっと肺から息が漏れた。
「麦茶を取りに行っといて自分は仲良くラムネ飲んでるし。待ってたんだけど」
「一言も弁解ありません…」
 濁音で絞り出す健二に、佳主馬は至近距離で囁いた。
「ねぇ。夏希姉と何話してたの?」
「健二さんってばあんなに嬉しそうにしてさ」
「やっぱり夏希姉ちゃんが好きなんだ」
 畳みかけるように次々と台詞とともに、首をギリギリと締め上げられる。
「女の子らしい姉ちゃんがいいの? 明るくて優しくて、天女な夏希先輩がいいの?」
 キングよりも? と続けたそうな口調で斬りつけるように問い詰める。
 本気で苦しくてもがく健二に、佳主馬は吠えた。
「違うって言ったのに。嘘つき!」
「ちょっ、落ち着いてうぇっ!?」
 渾身の静止が出たと同時、ずるり、と呼吸を阻まれ続けた身体がよろけた。バランスを崩して二人共々床に倒れ込む。下敷きになった健二は一瞬痛みで思考が飛んで、げほげほと咳き込んだ。したたかに打ち付けた背中が痛い。踏んだり蹴ったりだ。
(ていうかこれは、押し倒された体勢なのでは…)
 よじよじと健二の身体の中心に乗り上げた佳主馬は、うっすら水の膜の張った眼を隠さず怒鳴った。
「なんで!」
 こっちが聞きたいです。そして押し倒すのはやめて下さい。
 狼狽する健二の服の中に手が侵入してきた。ざっと青ざめて声を張り上げる。
「剥っ、剥かないで佳主馬くん!」
「夏希姉じゃなくて、僕じゃだめなの!? 背だって追いつくし、今はこんなだけどいずれ女らしい体つきになるし。健二さんが望むなら頑張って胸大きくするしっ」
「へうあっ!? そんなこと言っちゃ駄目だよ」
「やっぱり駄目なの!?」
「違うからっ」
「じゃあ抱いて!」
「無理無理無理無理」
「無理って」
(傷ついた顔しないで……!)
 話を聞いちゃいない。健二は佳主馬らしくなく自棄になったような台詞に叫び返した。
「ていうか女の子っぽいのが嫌いなんじゃなかったの!?」
 即座に返答が降ってきた。
「健二さんがその方がいいなら我慢する」
「しなくていいから!」
 佳主馬は苛めの原因が女子等との諍いに端を発したこともあり、女性的な行為を酷く嫌っているのだ。学生服まで着用するほどの筋金入りなのだから、たかだか健二のために我慢して欲しくない。本人が辛いだけだ。
 と言う暇も与えず佳主馬が怒鳴った。
「だから、」
 
「――僕を見てよ!!」

 うわん、と。
 余韻が狭い納戸に反響する。それが夏の蒸し暑さに溶けて消えると、後には荒い息づかいだけが残された。ぜいぜいと肩で息をしながら、今にも射殺しそうな眼で睨み据えてくる。
 その眼に光るものがあった。
「…………」
 呆然と見上げる健二は、己の勘違いに漸く気付いた。
 余裕がないのは、佳主馬も一緒だった。
(誰だ、さすがはやり手だなんて言った奴は。馬鹿じゃないか、俺)
 夏希を相手に談笑していたから余裕を失ったのか、元々なかったのかは解らない。ただ、どんなに大人びていても中学生で、そして本人曰く初恋なんだった。
 そんな簡単なことを、忘れ去るなんて。
 奥歯を噛み締めて見下ろす佳主馬は、全身で「僕を見てくれ」と叫んでいる。年下の少女の剥き出しの激情を直視してひゅっと息を吸い込んだ健二は、おそるおそる頬に手を伸ばした。掌で包み込むと、泣きそうな顔で身じろぐ。
 佳主馬くん、と呼び掛ける。
(そうだ。まだ、中学生なんだよな)
 虚勢を張って己を維持したって、この年頃は何時だって精一杯で。綱渡りするようなギリギリの日常を生きている。それは健二だって経験してきたことだったのに、思春期も終わりに差し掛かって忘れかけていた。
(どれだけこのこに負担を掛けてきたんだろう。不安を背負わせてきたんだろう)
 目尻に滲む涙を親指でぬぐう。
「落ち着いて」
「落ち着いてる。健二さん僕は、」
「落ち着いて下さい」
 負けたと言い張った彼女を遮った時のように、まっすぐに断言する。じっと見つめて、言った。
「落ち着いて、僕の話をちゃんと聞いて」
 暫し詰め合う。
 ごくっと唾を飲んだ佳主馬が押し負けたように力を抜いたので、口を開いた。
 ここが、勝負時だ。
「今まで逃げてた僕も悪かったね。不安にさせてごめんなさい。でも、今後こういうことはしなくていいから。身体を使うような真似をしなくたって――僕は君が好きだから」
 キングカズマとしてしか知らなかった頃からずっと、そして出逢って共に戦った今の姿も、成長して花開く未来も、大事な相手である佳主馬の姿をきっと。
「ちゃんと見てるよ。ずっと、今までも、これからも」
 真っ直ぐ向き合うこと。逃げないこと。性を安易に考えさせないこと。佳主馬に自分を大事にして貰うこと。
 それが、健二の戦争。
 呆ける佳主馬にほけっと笑い返すと、俯いて表情を隠してしまった。が、覗いている耳が赤くて、健二は頬を緩める。
「だから、約束してくれるかな。過激な方向には走りませんって…」
「……それは嫌」
 駄々をこねるように頭を振る。
「ただでさえ夏希ねえに大きくアドバンテージを取られてるんだ。使える手を使わないなんてことはしない」
 存外しっかり芯の通った声だった。きっと、考えに自信があるのだろう。確かに水を空けられていることには違いがなかった。でも、と前髪を耳に掛けながら言う。
「でも健二さんが嫌なら減らすよ」
「うん、そうして下さい…。大体君は何かと色っぽいから、押し倒されたりすると僕も困るっていうか、お、女の子なんだからそこは自分を大事にして……」
 ごにょごにょ。
「健二さん……どきどきしてくれてたの?」
 割と図星だ。
 目を逸らしてあーだのうーだの赤らんで唸っていた健二は、目線を上に戻して――固まった。
 もがく健二を押さえる課程でアクティブに動いたのだろう、乱れたタンクトップがかなり上まで捲れている。そのお陰で、健二の目線からは中がばっちり見えていた。
 つまり、下からアングルの、ノーブラの胸が。
 硬直する相手に不思議そうにした佳主馬の視線が、健二の目線の先を辿り、止まる。
「…………」
 ………。
 ……。
 …。
「――――っっ!」
 健二は声にならない悲鳴を挙げて、90度首を回転させた。
 顔がコントのように下から上へと火照っていく。そんな健二の挙動に、気まずげな沈黙を打ち破って佳主馬は冷静な声色で尋ねた。
「見る? いいよ、減るもんじゃないし」
「へ、減るからっ見ない」
 大事なものが減る気がする。純情とか。
 微かな笑い声が降り注いだ。
「むしろ増える、経験値とか」
「わあぁぁぁぁぁーっ」
 捲り上げる気配に、瞼と口元を手の甲で覆った。
 が、何も起こらない。
 衣擦れの音もしない。
 健二がそろそろと手を外し瞼を開くと、代わりに茶色い人肌が視界一杯にあった。
(へ?)
 ちゅ、と。
 唇から柔らかい音がして、羽のように軽い感触が離れる。
「今日はこれで勘弁してあげる」
 呆然と口元を押さえる。焦点が結ぶ距離まで離れた佳主馬が、それでも至近距離ではにかんだように笑う。
 どくん、と心臓が一度だけ、大きく高鳴った。中学生で、4歳年下で、恋愛対象なんかじゃない筈なのに。


 ――小磯健二17歳。戦況は、劣勢。


今回のポイント @王様佳主馬 A夏希最強伝説 Bキレキレ中学生 Cノーブラ
……Cで力尽きました。もっと佳主馬は色っぽいよっ。