OZのメインサービス、アバター。使用者の命令を性格に実行するため人工知能が組み込まれ、使用者の意図をくみ取り、使用者の影のようにOZを介して生活全般に寄り添う、電子の生物。データ上の存在であって、心を持ったAIは、現実世界の住人の相棒だった。
 彼等は通常OZソーシャルネットワークの中枢である管理棟で個体管理されている。だが拘束度が高いかというとそうでもない。使用者――ユーザーが現実世界でのみ行動している最中、つまりOZにログインしていない間は、仮想世界の住人にも自由が与えられている。とは言えそれもユーザーが許可すればのことだ。しかしログアウト時の行動まで設定しているユーザーはそう多くない。よほど有名で混乱を起こさないために行動が制限されるとか、他者との交流を全く望んでいないとか、でもなければ、大概のユーザーはログアウト時には自立行動(オートモード)に設定する。健二もまた同様に、ユーザーログアウト時にはアバターのケンジが自由に行動できるよう設定していた。自身がログアウトしている最中には、彼が複数の数学コミュニティに脚を伸ばしていることを知っているし、その選択に異存はなかった。アバターのケンジの選択・嗜好は、彼の興味と全く同じだったからである。
 アバターの思考回路はユーザーの発言や行動を基に、AIが学習して形成される。ケンジの趣味嗜好や性格もまた、健二が過去選択してきた行動に則って、数学を愛し控えめで、そしてAIの常として主に忠実だ。
 アバターのケンジは、健二を模した大人しい容姿に、特異な大きな丸耳をしていた。ネズミにも似た耳をクマだと言い張って、健二とケンジは大事にしている。数学パズルの懸賞品で健二が勝ち抜いてカスタマイズした特別製の耳。それだけが使用者に似て随時控えめなケンジの特徴であるとも言えた。
 ケンジはユーザーを『マスター』と呼んで敬愛している。OZに暮らすアバターの多くは己を使用するユーザーを『マスター』と呼称する。確か、総数の七割だったか。一般に慣例としてそのように呼び習わすアバターは大半を占める中で、ケンジは敬意を込めて『マスタ−』と呼んでいる。健二はそう呼び尊敬するに相応しいマスターだ。
 最初にこの身体の基礎データを作ったのは、佐久間というマスターの友人だ。そこにマスターが一つ一つピースを吟味して、自身に似た姿に作り替えていったのだ。中でもケンジご自慢の大きな黒い耳はマスターが数学パズルの懸賞で当てたもので、時折首を傾げて耳を揺らすのが、機嫌がよい時の癖になっている。時々ネズミのようだなんて揶揄されるけど、これはれっきとした熊の耳だ。







 ケンジには健二の寂しさはわからない。時折健二が遠い目をしているのを見掛ける。マスターは時々、とても遠い顔をしている。それでもケンジの視線に気付くと何でもないというように微笑むけど、ケンジにはそれがもどかしくて仕方がない。
 あなたは何を見ているの。
 健二の顔を見ていると僕の胸はきつく締め付けられる。何か複雑なようでいて曖昧なデータで胸がいっぱいになるのが僕にはわかる。そのデータが『感情』と大別されるものだとは識別できるけれど、その正体までは判然としない。ただ漠然と、『寂しい』のだなぁと認識していた。
 マスターは夏希先輩の田舎に行かれるという。夏希先輩はマスターが憧れていらっしゃる方だ。アバターのナツキにも何度か挨拶する関係にはなっている。マスターの言うとおりならば、アバターの彼女と同様に明るく弾ける方なのだろう。

『ではご出発ですね』
『うん、楽しい夏休みになる…といいけど』

 同伴旅行の実態は単なるバイトだそうだ。しかしどんな内容なのかは詳しく知らされていないという。へらりと気弱に笑うマスターを見て僕はいささか不安になる。
 マスターは時折遠い所を見ている。それは昔から変わらない。まだマスターの容姿が僕と大して変わらなかった頃、スクリーンの向こうはいつも薄暗く沈んでいた。その世界で、僕らを別つスクリーンはどう見えていたのだろう。その現実で、この白い世界はどう見えていたのだろう。薄暗い夜でも明るい昼でもマスターは微笑んでいたけれど、変わらず頼りなさそうでいながら芯の強い眼をしていらっしゃった方だけど、人はいつも強く在れる訳ではないのだから。
 果たして夏希先輩はマスターの寂しさを消してくれるのだろうか。そうだといい。祈るように願いながら、今日も僕は身体から意識を落とした。スクリーンの向こうには手が届かない。身体の痛みも心の痛みもわからない僕にはこれしか出来ないから。
 そうして僕は、ユーザーに身体を明け渡す。