・すべてのアバターにA.I.が搭載されてる設定
・時間軸は(映画)二日目夜
・場所はinラブマシーンの身体
ヒトリ、独り。
ストックホルム・シンドローム
「寂しいとはなんだ」
「今度はどこで覚えていらしたんですか、ラブマシーンさん」
困ったように僅かに笑う人型アバターに、相対する仁王像。白い疑似空間には、二人しかいない。ラブマシーンの構築した疑似空間なのだから、それも当然だった。
現実世界では23時間13分51秒前に取り込まれて以来、ケンジは律儀に質問に答え続けている。
「ひとりでいる、ということですよ」
「? ケンジも私も一個体として独立している」
「それは、違います。もちろん一個体である寂しさも、あります。でも一般的な解釈では、そうではありません」
ケンジは、意図的に引き延ばされた時間の中で、ラブマシーン相手にこの手の質問に対して回答するときは、断言すべきだと覚えた。まっさらな状態であったラブマシーンは、共通概念という曖昧な基準でしか成立しない事象に対してであれ、正確な認識を必要としている。彼もケンジも、学習している。
「ひとりでいること。誰とも繋がらないこと。一個体で独立しているからこそ違う誰かの手を取れるのに、その手を取れず、また、その誰かが手の届く場所にいないこと。あたたかな何物からも切り離されていること。その時胸に去来し、締め付け、居座る感情を指して、『寂しい』と言います」
ケンジと、ケンジのマスターはそうだった。画面の向こうで寂しそうに淡い微笑みを纏う彼に、彼の求める暖かい何かの正体も、その何かを届ける術も知らなかったケンジのA.I.が認識した感情も、また、寂しさだった。
経験を掘り返し、知識を構築するケンジを見詰めて、ややあって得心したようにラブマシーンは頷く。
「そうか、では、ケンジは寂しくないな」
瞠目するケンジになんでもないように言う。
「私と繋がっている」
「……さらに特筆すべきは、この感情は冷静な論理構築を阻害せず、寧ろ平常時より促すことです。寂しさが胸に満ちるたび、希望的観測は消え、ただ変わらぬ現実を冷徹な視線で捉えることが出来ます。そうして捉えたものが、更なる理論構築を促し、マスターは数学の問題において天才的とも言える閃きを発揮しました。……僕は今、もやもやとした何かに思考を支配されています。混乱していると言ってもいいでしょう。ですから、」
淡々と記述を連ねていたケンジは、一転、感情の滲んだ泣きそうな顔で笑った。
「これでは寂しいとは言えません」
その表情の意味を、ラブマシーンは知る筈もないというのに。
胸のもやもやは、仄かに暖かく、柔らかくて、淡く色づいている。
この時点で、ラブマはケンジに知識欲以上の興味を持っていないといい。